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名古屋高等裁判所 昭和49年(ネ)563号 判決

控訴人 葛谷稔

右訴訟代理人弁護士 本庄修

被控訴人 中谷キクヘ

右訴訟代理人弁護士 安藤泰愛

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し原判決添付別紙物件目録記載の建物を明渡せ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は主文第一、二項同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠関係は、次に附加訂正するほかは原判決事実摘示と同一であるからこれをここに引用する。

原判決一枚目裏末行の「昭和三二年」とある次に「ころ控訴人所有の」と加入し、同二枚目表六行目「居住していたため」の次に「亀山市在住の」と加入する。

(控訴代理人の陳述)

訴外田島一男は本件建物の隣接地の所有者であるうえ、控訴人が遠隔の地に居住している関係から、本件建物の管理一切を任せている義兄(姉の夫)である。被控訴人はその田島に対しその所有する隣接地も本件賃貸借契約の対象にされていたと称して、不当な訴訟や仮処分をしたのであるから、これによって本件賃貸借契約における控訴人と被控訴人間の信頼関係が破壊されたことは明白である。

(証拠関係)〈省略〉。

理由

一、控訴人の請求原因第1項および第2項のうち(1)ないし(3)の事実は当事者間に争いがない。控訴人が被控訴人に対し本訴状をもって賃貸借当事者間における信頼関係の破壊を理由として本件賃貸借契約を解除する意思表示をしたことは本件記録に徴し明らかである。

二、そこで信頼関係の破壊に基づく賃貸借契約解除の主張について判断するに賃貸借契約の解除には、約定解除権に基づくものでなければ民法五四一条(五四三条)の法定解除の規定が適用され、賃貸借の当事者間における信頼関係の破壊は、その一方が賃貸借契約の義務不履行かあるいは賃貸借契約に基づき信義則上要求される義務(例えば賃貸人が不当に損害や迷惑を受けるような行為をしない義務)に反する行為によって生じた場合において、解除原因となるものと解するを相当とする。よってこの見地において本件をみる。

〈証拠〉を総合すると、被控訴人は賃料を一か月一万円の約で本件建物を賃借したときに、その東側に隣接する訴外田島一男所有地六七三平方メートルも一括して賃借したものと理解し、本件建物の引渡を受けるや早速飲食店を開業して右田島の所有地も来店の駐車場としてこれを使用してきたところ、これに対し右田島から特段異議や苦情の申入れもなかったが、昭和四三年ころ同人が右土地を亀山商工会館に賃貸して引渡し、被控訴人方で右土地を従前のように駐車場として使用できなくなったため、被控訴人と訴外田島との間に右土地の使用関係をめぐって対立を生じ、被控訴人はこの争いの解決を弁護士安藤泰愛に依頼し、控訴人主張のごとき訴訟を提起し仮処分をなすに至った(右訴提起および仮処分の事実は当事者間に争いがない)ことが認められる。

右の事実関係によれば、被控訴人が隣接地の所有者でかつ本件建物の管理人である訴外田島を相手取って、控訴人主張のごとき訴訟を提起して上告審までこれを遂行し、また控訴人主張のごとき仮処分をなしたのは、いずれも被控訴人と右田島との間において、本件建物の敷地に隣接する同人所有地の使用関係をめぐって対立紛争が生じた結果、右土地につき使用権を有するとする自己の主張を貫徹し紛争を解決する目的からなされた措置とみるべきところ、ことさら事を構えて右の措置を採ったと認むべき資料はないから(被控訴人は本件口頭弁論において「訴外田島からその所有地を賃借したと詐称したものである」という控訴人の主張を認める旨の陳述をしているが、右は結果的には詐称したことになることを是認した趣旨に解すべきことは本件弁論の全趣旨によって明らかである)、被控訴人の右主張が容れられずこれが敗訴に終ったからといって、被控訴人が本件賃貸借契約における賃借人の地位を悪用したものとはいえず、控訴人が訴外田島を信頼し本件建物の管理一切を委託していたとしても、前記仮処分および訴提起をもって、賃借人の被控訴人が賃貸人の控訴人に対し本件賃貸借契約における義務あるいはその信義則上要求される義務に反した行為をしたというに該らないし、本件賃貸借における信頼関係が破壊されたとみなければならないほどのものでもない。従って本件賃貸借契約解除の意思表示は、解除原因を欠きその効力を生じないものといわざるをえない。

三、以上のとおりであるから、被控訴人に対する控訴人の本訴請求は理由がないので棄却されるべきである。右と同旨の判断に出た原判決は相当で本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 綿引末男 裁判官 山内茂克 杉山忠雄)

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